四寺回廊と御朱印

平安時代に慈覚大師円仁が開祖の四寺、松島瑞巌寺、平泉中尊寺、平泉毛越寺、山寺立石寺のすべてを参拝するのを四寺回廊として昔から有名です。JRがタイアップして大々的に宣伝したために注目を集め、全国から御朱印を集めに来る人が増えました。

四寺回廊の御朱印はすべて松島瑞巌寺の臥龍梅の木から作られました。四寺回廊専用の御朱印帳は観音開きの三つ折りで、四寺の御朱印を四角の形に配して押すようになっています。他の霊場よりも少なく、四寺を巡っただけで結願のため、手軽に頂ける所も人気のある所以でしょう。

最初にお参りしたお寺で四寺回廊専用の御朱印帳を頂き、四寺回廊巡りを始めます。服装は自由ですが、四寺回廊巡拝輪袈裟を購入してもよいでしょう。全部のお寺を巡りすべての御朱印を集めて結願すると、最後のお寺の住職の色紙が頂けます。四寺回廊を違ったコースで4回巡ってすべてのお寺の色紙を頂くこともできます。

これらのお寺はすべて江戸時代に松尾芭蕉が奥の細道の紀行の途中で立ち寄ったことで有名です。芭蕉の歩いた道筋は、

松島→平泉(中尊寺、毛越寺)→山寺

の通りです。以下、それぞれのお寺の概要を示します。

①松島瑞巌寺

瑞巌寺は伊達正宗が4年かけて造営したお寺で、本堂は方丈です。東日本大震災で五大堂などに被害を受けましたが、今は再建されました。芭蕉は松島では句を詠んでいませんが、随行した曾良が

 松島や鶴に身をかれほとゝぎす

という句を残しています。雄島の磯に着いた芭蕉は船を下り正面の瑞巌寺に参り、雄島、五大堂を見た後に松島に泊まりました。

②平泉中尊寺

2011年毛越寺とともに平泉地区は世界文化遺産に指定されています。奥州藤原氏三代の藤原清衡が中尊寺を復興し、毛越寺も建立しています。中尊寺は大きなお寺で、多くの末寺が付属しています。そのほとんどのお寺で御朱印を頂くことができます。松島とともに芭蕉の奥の細道の目的地の一つです。芭蕉一行は一関で一泊したのちに平泉を訪れてその日のうちに一関に戻っています。芭蕉はここで

夏草や兵どもが夢の跡

五月雨の降りのこしてや光堂

という2句を残しています。月見坂を上っていくと正面左手に金色堂が見えます。芭蕉の句碑は金色堂のそばに建てられています。御朱印は本堂で頂きます。

③毛越寺(もうつうじ)

中尊寺からあるいて20分ぐらい、平泉の駅からはまっすぐに10分ほど進んだ所にあります。

毛越寺には古い建物は建っておらず、池を中心とした庭園が残っています。この庭園は極楽浄土を模したと言われています。芭蕉の句碑は本堂の前に建てられています。

 

④立石寺(りっしゃくじ、りゅうしゃくじ)

JR仙山線山寺駅を下りてすぐの所にあります。芭蕉は尾花沢からの途中寄り道をしてわざわざ訪れて

閑さや岩にしみ入蝉の声

という句を残しています。奥の院までは1,050段の石段を上っていきます。その石段の途中に芭蕉と曾良の像が建てられています。奥の院は如法堂という呼称で、本尊は釈迦如来です。